2007年10月17日
IMが消えない方法
お友達に教えてもらったのですが・・・
日本語のIM履歴って消えちゃいますよね。
同時に複数人からIM来ると困る困る(>_<)

でっ!!IMが消えない方法があるみたぃなんです!
編集メニューから環境設定を選んで、General(一般)タブをクリックすると、一番下に使用言語を選択するプルダウンメニューが出ます。
そこを、Englishにするだけ。

普段使うときも、ボタンなどが英語表記になりますが、
ボタンの位置はかわらないので、それほど苦にならないです。
ただ、この変更を行うと、クライアントを再起動しないと、
設定変更が生かされませんから多少面倒らしぃです(>_<)
でも履歴消えちゃうよりはましかなー。
SLってバグとか、急にINできなくなるとか、ゲーム内の不具合が多すぎます。
リログするのが当たり前みたいになってるし・・・。
クレジットカードの登録に関してもセキュリティやサポートがまるで全然なってない・・・。
もっとちゃんとしっかりしてもらいたいものです。
日本人ユーザー、あっという間に世界ランク2位だとか。
でもPC性能に制限があったり、
ゲームに慣れるのに時間かかったりするので実際のログイン数はまだまだ少なそうですね。
でもSLって魅力的だと思うから、もっと発展してもいいかなーって思います。
日本人に対してのサポートもっとちゃんとすれば、今より更にやる人増えると思うんだけどなぁw
2007年10月17日
オードリーコレクション
オードリーヘップバーン・・・といえば女の子の憧れの存在

私の大好きな女優さんの1人です。
何が好きかって言われれば、その知的そうで美しい外見はもちろんのこと、
彼女の奉仕精神、生き方などもとっても素敵だと思います。
以下、wiki抜粋。
アイルランド系イギリス人の父ジョセフ・アンソニー・ヘップバーン・ラストンとオランダ人の母エッラ・ファン・ヘームストラ(貴族の出)のもとに、ベルギーの首都ブリュッセルで生まれる。5歳でロンドンの寄宿学校に入るが、10歳のときにはオランダへ移住。父は家に居着かなくなり、母が子供たちを養った。第二次世界大戦中は反ナチスのレジスタンスに従事していた。16歳の時、オランダの病院でボランティアの看護婦をしていたが、マーケット・ガーデン作戦で大激戦地となったアーネムの病院で一人の英国空軍兵を介護する―20年後彼は監督になって彼女の作品を演出することになる―『暗くなるまで待って』のテレンス・ヤングである。また、戦争中、食料がないときはチューリップの球根を食べ、飢えをしのいだという。
アンネ・フランクと同い年で、戦後、オードリーはアンネの事を知りひどく心を痛めたという。後年、映画『アンネの日記』のアンネ役のオファーもあったのだが、辛い過去を思い出すのを恐れて断った事もある。ロンドンでバレエを習う等、ヨーロッパを中心とする各国で生活した経験を持つ。そのためか英語、フランス語、オランダ語、スペイン語、イタリア語に抜群に堪能であった。
ハリウッドデビュー以前のヨーロッパにおける活動では、イギリスを中心に、映画、舞台等の脇役や端役をこなしていたが、『初恋』で、主役の妹でバレリーナの役柄(準主役)を演じる。『モンテカルロへ行こう』の撮影のために訪れたリヴィエラ(フランス)において、同地に滞在していた女流作家のコレットに見出され、彼女のブロードウェイ上演舞台作品である『ジジ』の主役・ジジ役に大抜擢。ジジ役を探していたコレットが、オードリーを初めて見た際に、「私のジジを見つけたわ!」と言ったのは有名なエピソードである。[2]
前後して、『ローマの休日』のアン王女役のオーディションに合格。パラマウント映画と契約し、アメリカにおいてスクリーンデビューを果たす。『ローマの休日』のアン王女役、『麗しのサブリナ』のサブリナ役等で一躍有名に。華奢で日本人に親しみやすい風貌と言われ、そのファッションも憧れの的となった。現在でもその人気は根強く、写真展等のイベントが開催されるほどである。
映画への出演数はそれほど多くはないものの、『ローマの休日』ではアカデミー主演女優賞を獲得。(イタリア・ローマで開催されたプレミアではイングリッド・バーグマンがオードリーの演技に感動して泣いてしまった。) その後も『マイ・フェア・レディ』、『ティファニーで朝食を』等に出演。彼女の魅力が十分に生かされた作品ばかりだ。本人によると『マイ・フェア・レディ』では歌唱部が吹き替えられ、また『ティファニーで朝食を』では主人公が彼女の本来のイメージとはかけ離れており、どちらもがっかりしたという。ただし、作曲家のヘンリー・マンシーニは彼女をイメージして名曲『ムーン・リバー』を作曲して、広く親しまれている。
1962年、マリリン・モンローが当時の米国大統領ジョン・F・ケネディの誕生日で『ハッピー・バースデイ』を歌ったことは非常に有名であるが、実は1963年にオードリーも歌っていたことはあまり知られていない。
1954年に俳優のメル・ファーラーと結婚、息子ショーンが生まれる。メルはこれが三度目の結婚で、俳優として当時下り坂であり、映画制作へ軸足を移していた。スターとして駆け上がる、妻との不釣り合いがたたり、離婚。1970年に、10歳年下のイタリア人精神科医アンドレア・ドッティと再婚し、男児をもうけたが離婚に終わっている。彼女の出演歴が1960年後半から1970年代にかけて欠落しているのは、子育てに専念するため、引く手あまたの大作の出演を拒否し続けたためである。ドッティとの別離後から亡くなるまで、オランダ人俳優ロバート・ウォルダーズ(女優マール・オベロンの最後の夫)と同棲した。
1989年の『オールウェイズ』を最後に映画界を引退。晩年はユニセフ親善大使に就任し、インドやソマリア等世界各地でマザー・テレサのように貧しい人のための活動も行う。その一方で『世界の庭園』という番組のホスト役として、7ヶ国・16の庭園を訪れる。
1993年1月20日、結腸ガンで亡くなる。死後10年以上経つ現在でも「スクリーンの妖精」として世界中のファンに親しまれている。
また、2005年現在、アカデミー賞、トニー賞、エミー賞、グラミー賞を全て獲得した9名の中の一人である。
ただ中身のない美人は、尊敬の対象になりません。
スキルあってこそ、本物の美人って呼べるんじゃないでしょぉか?
もちろん、完璧な人間なんていないから、
人間らしい部分も持ち合わせてると更に好感度があがっちゃうんですょねw
私の人としての生き方の参考にもなっている方です。
オードリーヘア販売や、オードリーファッション特集を、
「LYCEE FEELINGS SHOP」
JAPAN 08(192.82.26)
で昨夜やっていました♪
うわさを聞きつけたのは2日前のBarで、お客さんに教えてもらったです

22時にはログインしようと思ってたんだけど、ちょとRL忙しくてログインできたのが22時半すぎ

お友達に呼ばれて、お店に行ったら、すごい人がいっぱい!!
さすが人気ショップ

きららてんちょ、すぐに私に気づいてくれてうれしかったです~

前も一度だけお見かけしたことあったのですが、
へたれなので恥ずかしくて話しかけることができず・・・w
前から入りたいなーって思ってた
「LYCEE FAN CLUB」にも入会させてもらいましたっ(。→艸←)<やったぁ♪
ファンクラブ特典のバッグもらえちゃいました!


もこもこの黒ファーバッグ!!
かゎぃぃ~~~♡→ܫ←♡
ファンクラブ特典として、お洋服のセットももらえるらしぃんです

新商品のオードリーシリーズもとっても可愛くて、かなり購入を迷いました(>_<)

ああっ・・・こーゆーロングコート欲しかったんだょね・・・。

このブーツもめっちゃかわい・・・!!
店内で悶々w
結局、前から欲しかった白ブーツを買っちゃいました(*ノェノ)

RLだと黒ブーツ買ったばっかなんだけど、
やっぱ白が一番かわいーって思ったので今回は白にしてみましたぁ♪
あぁーー・・・お買い物ってやぱ楽しい

欲しいものがどんどん増えていっちゃいますw
お風呂も欲しいし、洋服も、髪も欲しいのあるので・・・どれから買おうかなぁってめちゃまよっちゃぅ。
他の新作もチェックしたい方はコチラのブログをどーぞ

http://lycee.slmame.com/



